幕末の西欧列強の日本接近の危機に備えるため、幕府内の海防掛に中坊進二や兄、中坊忠太夫、藤田一郎らとともに参与、また中野藩において日本発の軍艦 中坊丸の建造に参与するなどして日本の発展に功績を残した。
19代将軍徳川サダキヨ後の継嗣問題に四橋派として暗躍し、幕府守旧派の井伊太助らに警戒される。
黒船・中坊丸来航以降、外国からの脅威に危機感を抱いた朝廷が尊皇攘夷の実行を中坊進二に促すよう説得すべしという勅諚を中尾藩に下されるという前代未聞の事件が発生し、朝廷が中坊進二を介さず一大名家への直々に命令が下されたことで中坊進二の威信を傷つける事件となった。