先日の新聞で「日本が人口減少社会に突入した」との記事があった。「このまま日本の人口が減少していけば、労働力が不足し経済成長も見込めない」と心配する向きがある。しかし、ここ10-15年の日本経済を振り返ると、重要なのは「人口総数よりも、その人口のうちどれだけの人が働いているか」なのだ。 全労働投入時間減少と経済低迷のメカニズム 下の図はバブル好況期から現在までの人口と日本人が実際に働いた労働時間などを、1991年を100として示したものである。ここでの人口は生産年齢人口(世界的には15-64歳人口を生産年齢人口と呼ぶが、日本社会の実情を考えて20-64歳人口とした)を取っている。これを見ると、バブル期から90年代の後半まで、日本の生産年齢人口はなだらかに上昇していた。 ところが、実際に働いている人、就業者は90年代末までほとんど伸びていない。したがって、人口に対する働いている人の割合、就業率は低下している。さらに減少幅が大きいのは、平均労働時間である。
労働時間が減少した背景には(1)90年代初頭に週44時間労働制から40時間労働制に変更された(2)就業者数はFX 初心者 だったが、パートで働く人が増えたため就業者の平均労働時間が減少したこと――が大きく影響している。この結果、全労働投入時間(就業者数×1人当たり平均労働時間)は大きく減少することになった。 細かく見ると、1991年から97年までの間に生産年齢人口は2.8%増加したのに、就業者は2.5%の伸びにとどまった。その一方で、全労働投入時間は3.2%も減少している。 同じことを、1991年から2003年まで期間を延長して見ると、生産年齢人口は1.0%増加しているのに、就業者数は0.5%減少。全労働投入時間に至っては7.3%も減少してしまった。もし、就業率と平均労働時間が91年水準のままであったなら、2003年の全労働投入時間は91年に比べて1%増大していたはずだ。
今生まれた子供達が労働力になるのは20年後 なぜこんなことになってしまったのだろうか。90年代は経済が低迷していたからだが、なぜ低迷していたのだろうか。経済が低迷していた理由として、労働投入が減少していたことが根本的な原因である。就業率と平均労働時間が91年のままであったなら、2003年の全労働投入時間は、7.3%と1%合計の8.3%増えていたはずだ。全労働時間が8.3%増えていれば、実質GDPもそれに見合った成長が達成されたと推察できる。2003年の実質GDPが現実よりも8.3%も大きいということは、「雇用の停滞がなければ、バブル崩壊後の経済停滞はかなりの部分がなかった」ということだ。なぜ雇用が停滞したかということは、本欄の第16回と第17回で書いたので繰り返さない。 仮に出生率が現在の2倍になって、現在の年間110万人生まれている子供の数が2倍になったとしても、人口の増加率は1%以下でしかない。しかも、その子供たちが生産年齢になるまでには20年かかる。幸いなことは、2003年を底として就業率の上昇、週平均労働時間の上昇が見られる点だ。 最近、定職にもつかず働く意欲もない若者(いわゆる日経225 )や、いったん退職した女性をどうやって労働力として活用していくかが話題になることが多い。今後10-15年という期間の経済成長を考えるなら、人口を増やすよりも、こうした人たちを含めて就業者数を増やすことの方が、ずっと大事だということだ。
日本の人口が減少し、高齢化していく。このことを多くの人々が心配し、政府も対策を声高にかたるようになった。しかし、人口が減り高齢化するのは日本だけではない。米国を除く先進工業国の人口も減少していく。例えば、イタリアではすでに人口が減少し始めている。ドイツでも人口が減少する。出生率の低下に歯止めをかけることに成功したとされるスウェーデンやフランスでも、日本よりはずっと緩やかではあるが、やはり人口は減少していく。先進国の中で、合計特殊出生率(1人の女性が一生に生む子供の数)が2を越えているのは米国だけである。 これに伴い、高齢化率(65歳以上人口の総人口に占める比率)はすべての先進国で上昇する。2050年時点では、最も低い米国で22%、最も高い日本では35.7%まで上昇する。 人口減少は「経済が成功した国」の証明か 人口減少はアジアでも同じである。下のグラフでもわかるように、韓国、シンガポール、台湾などのアジアNIES(新興工業国)でも人口が減少する。中国の人口も2030年ごろに14.5億人とピークに達した後は減少する。アジアの中で経済が順調な国(マレーシアを除く)ほど人口減少は顕著だ。フィリピンは人口が増大しているが、残念ながら経済がうまくいっていない。 人口減少に伴って、アジアでも高齢化率は上昇する。人口の増大が予想されているフィリピンやマレーシアでも、2050年には高齢化率が15%前後となる。
現在、急速な発展が話題となっているBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)はどうだろう。ロシアはすでに人口が減少しており、上に述べたように中国でも人口が減少する。インドやブラジルの人口増加率も逓減すると予想されている。 このように見てくると、先進国、とりわけ経済発展に成功した国の多くで人口が減少していく。「経済的に成功している国で人口が減少していく」という事実は、われわれに多少の安心感を与えるのではないだろうか。「ほかの国がそうなら、日本も多分大丈夫だろう」という考えが浮かんでくるからだ。 もちろん、これだけでは論拠が弱すぎる。だが、人口が減少することは実は先物取引 な悩みなのだ。
ピラミッド型社会、実は陰惨な社会? 多数の若い世代が少数の高齢世代を支える社会は、実はそう楽しいものではない。現在の少子化・人口減少に関する論議のほとんどが、多数の若い世代が少数の高齢者をささえるような社会であれば安心だと考えているようだ。 確かに子供の数が減り、人口ピラミッドが逆転すれば、高齢社会を支えられなくなる、という心配は当然だ。しかし、男女の人口を左右に、年齢別に下から上に横棒で書いた人口分布グラフがピラミッド型になっているということは@人口がとてつもなく増えていったA疫病、天災や戦争人間があらゆる年齢で次々と死んでいった――のいずれかが原因だ。 乳幼児ははしかで死に、子供は天然痘で死ぬ。若者は結核で死に、中年はインフルエンザでもコレラでも栄養失調でも死んだということだ。毎年、洪水や地震で多くの人が死に、絶え間ない戦争で多くの命が失われる――これは陰惨な社会である。 逆に人口ピラミッドが釣鐘型をしているということは、各年齢であまり多くの人が死んでいないということだ。別の言い方をすれば、この世に生を受けた人々のほとんどが、上に挙げたような悲劇に巻き込まれることなく天寿をまっとうできる、ということだ。 「ピラミッド型」だから可能だった日本の年金制度 すなわち高齢社会とは、人口がピラミッド型をしている社会よりもずっと幸せな社会が続いた証拠である。確かに、人口がピラミッド型をしている社会は、釣鐘型の社会よりも、1人当たりの高齢者に平均的な賃金に比較してより多くの年金を提供できるかもしれない。しかし、ピラミッド型の社会は基本的に貧しい社会であるから、年金の絶対額は豊かな社会よりもずっと少ない。 日本で高齢社会が深刻な問題となっているのは、ピラミッド型社会ではじめて可能だった「高齢者に平均賃金に比べて高い年金を支払う」という年金制度を、釣鐘型社会も続けようとしているからだ。釣鐘型社会では、平均賃金の5割というような年金は払えない。しかし、豊かな時代では平均賃金の5割という目標を割りこんでも、貧しい時代の年金よりも高い年金を支払えるはずだ。日本では、なんであれ心配することがファッショナブルだという雰囲気があるが、高齢社会の悩みとは、ある意味贅沢な悩みであることをもっと認識してもいいのではないか。
ベトナムの雅楽(べとなむのががく、ベトナム語:Nha nh?c cung ?inh Hu?(フエ宮廷雅楽の訳), 英語:Vietnamese Court Music Nha Nhac)は、ベトナムの宮廷で演じられた雅楽である。胡朝時代(1400年 - 1414年)に誕生し、黎朝時代(1428年 - 1788年)、阮朝時代(1802年 - 1945年)に宮廷儀式として確立された。宮廷の消滅とベトナム戦争による破壊により、一時消滅の危機に瀕したが、1996年にフエ大学に宮廷音楽コースが設置され、2000年以降卒業生を輩出している。2003年11月7日の第2回「人類の口承及び無形遺産の傑作の宣言」において傑作の宣言を受けており、2009年9月に予定される初の登録での世界無形遺産への登録が事実上確定している。2006年11月にフエ遺跡保存センター宮廷音楽合奏団が来日し、コンサートを行っている。